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吉本海岸通り劇場

1996年、神戸ハーバーランドにオープンした吉本興業の直営劇場。

 

よしもと紙屋町劇場

2001年、広島紙屋町にオープンした劇場。吉本芸人の興行の他、各種イベントにも利用される。

 

吉本興業

お笑い会の巨人。1912年創業の老舗。戦前から寄席を買い取り、興業。戦後、劇場を失い、芸能事業から撤退するも、復帰。やすきよ、桂三枝、明石家さんま、ダウンタウン、ナインティナインなど時代の寵児たちを輩出。お笑い芸人だけでなく、俳優、歌手、スポーツ選手のマネージメント、番組制作、アミューズメント事業など多角経営。東証一部上場企業。

 

吉本ゴールデン劇場

1999年、福岡に「吉本111劇場」としてオープン、翌年、「吉本ゴールデン劇場」に改称。福岡吉本のホームグラウンド。

 

吉本栄3丁目劇場

1997年、名古屋市栄町にオープンした吉本興業の直営劇場。名古屋吉本のホームグラウンド。

 

吉本印天然素材

1991年、同名番組から生まれたユニット。ぜんじろう、TEAM-0(山崎邦正のコンビ)雨上がり決死隊、FUJIWARA、バッファロー吾郎、ナインティナイン、へびいちご、チュパチャップス、石野桜子が創立メンバー。ぜんじろう、TEAM-0、石野桜子はすぐに卒業。笑いだけでなく、ダンスや歌なども披露するアイドル的ユニットで人気を得た。1994年、ナインティナインが卒業。1996年、雨上がり決死隊が卒業し、解散。以後、残ったメンバーは「天然劇場」を結成。

 

吉本新喜劇

1959年、うめだ花月の開館とともに「よしもとバラエティー」として始まる。1963年のなんば花月の開館で「吉本新喜劇」と名称を変更。テレビ中継され、人気を集める。1989年、やめよッカナキャンペーンでベテランが退団、若手が加入。若返りが成功し、人気が復活、東京進出し、1997年にはニューヨーク公演も行う。ルミネtheよしもとで若手中心の新喜劇が始まる。

 

吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン

1989年、木村制作部長(当時)が指揮した新喜劇再生プロジェクト。全員を解雇し、ベテラン、若手関係なく必要な人間だけを再契約するというもの。今田耕司、東野幸治、石田靖、吉田ヒロなどを投入した。花紀京、岡八郎など座長クラスが抜け、中堅だった池乃めだか、チャーリー浜、島木譲二などのギャグ重視型が活躍。全体が活性化し、東京にも進出した。

 

吉本総合芸能学院

吉本興業が運営するタレント養成所。「New Star Creation」の頭文字をとって「NSC」と呼ばれる。1982年、大阪で開校。1期生はダウンタウン、トミーズ、ハイヒールなど。ナインティナイン、雨上がり決死隊などを輩出。1994年、東京にも開校。1期生は品川・庄司。三瓶などを輩出。毎年、多くの芸人を輩出している。

 

ヨゴレ

下ネタや裸になるなど身体を張って笑いをとる芸人のことを指す。楽に笑いをとろうとしていると蔑まれる。ダチョウ倶楽部の上島などが代表例。関西では一昔前まで髪を染めるだけでヨゴレと言われた。

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