|
やりくりアパート
1958年から1960年まで放送。喜劇作家、花登筐のデビューヒット作。当時無名だった大村崑、佐々十郎、茶川一郎、芦屋小雁などを起用し、成功した。横山エンタツが管理人を務めるアパートの住人たちのコメディ。「スマートやなぁ、ミゼット……」という大村崑と佐々十郎のミゼットのCMが人気に。
ヤングOH!OH!
1969年から放送。若者向けバラエティ番組。桂三枝が司会。桂文珍、桂きん枝、林家小染、月亭八方で結成した「ザ・パンダ」は大喜利や体操コーナーで人気者に。まだ駆け出しの明石家さんまも出演していた。「触って触ってなんでしょう?」「叩いて被ってジャンケンポン」を桂三枝が考案した。
ヤングタウン
1967年から毎日放送で放送されている深夜ラジオ。桂三枝、あのねのね、笑福亭鶴瓶、谷村新司、やしきたかじん、紳助・竜介、明石家さんま、ダウンタウンなどがパーソナリティーを務めた人気番組。現在は、土曜と日曜だけ放送。
夕やけニャンニャン
1985年から1987年まで放送。おニャン子クラブを生み出した番組。秋元康が仕掛けた素人オーディション番組の先駆け。司会は片岡鶴太郎、田代まさし、吉田照美など頻繁に交代した。とんねるずはこの番組で人気に火がつき、歌を出すなどした。
夢がMORIMORI
1992年から1995年まで放送。森脇健児、森口博子、SMAPなどが出演。コント、トーク、歌の番組だったが、後半はただキックベースをするだけの番組に。ジャニーズアイドルのバラエティタレント化が始まった番組。コントでは「スマイル戦士音レンジャー」などが人気に。「SMAP×SMAP」のきっかけとなった番組。
夢で逢えたら
1988年から1991年まで放送。ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコ、野沢直子がレギュラー出演したコント番組。お笑いだけにとどまらず、当時の流行だったバンド活動を取り入れるなど中高生を中心に若者の注目を集め、一世を風靡。「ごっつえぇ感じ」「やるやら」などの基礎となった番組。
4時ですよ〜だ
1987年から1989年まで関西で放送。心斎橋2丁目劇場から公開生放送。ダウンタウン司会で今田耕司、東野幸治、130R、石田靖などが出演。素人参加コーナーに山田花子が出場した。女子高生が学校を休んで観覧にいくなど社会現象になった。ダウンタウンの東京進出で今田、東野、石田が司会を務めるようになり、ダウンタウンは1コーナーの出演だけになり、やがて終了。
吉本超合金
1997年からテレビ大阪で放送。FUJIWARAと2丁拳銃をメインに吉本若手芸人いろいろなロケに挑戦する番組。天然素材解散後、どん底まで落ちたFUJIWARAが大阪一の売れっ子まで復活した番組。2丁拳銃の東京進出後は「吉本超合金F」としてFUJIWARAをメインにbaseよしもとメンバーの体当たりロケで人気。2002年よりメインがケンドーコバヤシに代わり、「ケンコバ大王
吉本超合金K」にリニューアル。
吉本ばかな
1998年10月から2001年3月まで日本テレビ関東ローカルで放送。ガレッジセール、シャンプーハット、アップダウン、なかよしの4組でユニット「news」を結成し、様々なロケに挑戦する。後になかよしが抜け、ライセンスが加入。番組のアシスタント「ばかなガール」は1代目山口もえ、2代目眞鍋かをり、3代目堀越のり。
|