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タージン

短髪にメガネ、ギョロ目と高い声が特徴。桃大落研時代に「お笑いスター誕生」に出場、銀賞を獲得。漫談、落語もするが、レポートの達人として有名。無駄なく動き、しゃべり、締めでは編集しやすいようにしばらく決め顔のまま止まっているという。「11PM」「痛快!エブリディ」「大阪ほんわかテレビ」NHK朝の連ドラ「ふたりっ子」に出演。アメフトファン。

 

ダイアン

津田篤宏、西澤裕介の中学校の同級生コンビ。NSC22期生。1999年4月、結成。コンビ名は中学時代の外国人教師ダイアン先生から命名。ローテンションでエキセントリックな西澤のボケに津田が力一杯ツッコミを入れていくスタイル。西澤はレスラーの三沢似、津田は阪神の赤星似。

 

ダイノジ

大谷伸彦、大地洋介の中学校の同級生コンビ。1994年、銀座7丁目劇場のオーディションに合格、東京吉本入り。大谷のマニアックな感性を前面に押し出したボケに大地のパワフルなツッコミ。また、大地がアイドル風な仕草をするなどボケに回ることも。大谷は映画・音楽・文学にも造詣が深く、雑誌の連載などでも活躍。公式サイトでインターネットライブを行うなど、マルチな活躍を見せています。テレビ、ラジオ、雑誌等でも活躍。

 

だいたひかる

 

大平サブロー

1976年、太平サブロー・シローでデビュー。1992年、コンビ解散後はピン。1993年、吉本に復帰してからは関西を中心にテレビで活躍。ものまねはもちろんのこと、誰にでも合わせ、ボケ、ツッコミどちらにも回れる器用さで番組の潤滑油的存在として活躍。また横山やすしのものまねで西川きよしと「やすきよ」として漫才を披露することもある。

 

太平サブロー・シロー

松竹芸能の養成所から1976年、コンビ結成。1980年、吉本へ移籍。シローの天才的センスとサブローの懐の深さとものまねで漫才ブームに乗る。ブーム終息後も舞台やテレビで活躍。1988年、東京進出を図り、吉本から独立するが、仕事が激減。1992年にコンビ解散。1993年、サブローのみ吉本復帰。1998年にシローも吉本復帰。コンビ再結成はされなかった。

 

太平シロー

子役から松竹の養成所を経て、1976年、太平サブロー・シローでデビュー。1992年、コンビ解散後はたけし軍団の客分となるが、その後、芸能界を去り、大阪でスナック経営。1996年に島田紳助の助力で構成作家として復帰。1998年に吉本復帰。以後、弟子のマサヒコと太平シロー・マサヒコを組み、漫才をやっている。

 

タイヘイトリオ

浪曲漫才トリオ。タイヘイ洋児とタイヘイ夢路の夫婦コンビに、夢路の姉のタイヘイ糸路が加わって結成されたトリオ。洋児の事業失敗で解散。1975年、川上のぼると大阪ヤローズの寺下ジョージがタイヘイ原児として加わり、新生タイヘイトリオとして活動。タイヘイ夢路は太平一門の長として一門をまとめている。

 

タイムマシーン3号

 

平参平

1942年、応召、満洲で終戦。シベリア抑留を経て、1946年、帰国。木下楽劇座の座長となって地方を巡業。1959年、吉本新喜劇に加わり、1961年、座長となる。「無法松の一生」など多くの映画に脇役で出演。テレビでは「てなもんや三度笠」などに出演した。「あーほー」のギャグで親しまれた。1989年の吉本新喜劇やめよッカナ!キャンペーンで退団。

 

ダウンタウン

タカアンドトシ

 

高石太

新劇青猫座、劇団喜劇を経て、1975年、吉本新喜劇入り。デブキャラで舞台に腹から滑って「あつぅあつぅあつぅ」のギャグで親しまれた。焼肉屋「アジヨシ」のCMにも出演。1989年の吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーンで退団。1993年、松竹新喜劇に入団。体調不良で一線を引き、療養。その後「あつあつ一座」を旗上げ、座長として活躍。

 

高木ブー

15歳からウクレレを始め、ハワイアンバンドに参加。高木智之とハロナ・セレナーダスのリーダーとしてデビュー。1964年、ザ・ドリフターズに加入。「8時だョ!全員集合」終了後は新劇に取り組む。1996年、アルバム「ハワイアン・クリスマス」でソロデビュー。1999年、仲本工事、加藤茶と「こぶ茶バンド」を結成。

 

高須光聖

ダウンタウンとは幼馴染で「4時ですよ〜だ」の構成作家としてデビュー。その後、ダウンタウンの座付き作家として番組構成を担当。ウッチャンナンチャン、ナインティナイン、KinkiKidsの番組も担当。ニュースステーションも手がけた。ドラマ「伝説の教師」では原案作成、「未来日記」では原案、脚本を「明日があるさ」では脚本を担当。

 

高勢実乗

新派劇のドサ回りや連鎖劇のころの映画に端役で出演。長谷川一夫の映画に助演。1928年、日活太秦に入社後、しばらくは悪役が多かったが、伊丹万作の「国士無双」でコミカルな役柄に転じた。1937年、東宝に移ってからは喜劇役専門となり、「怪盗白頭巾」でのセリフ「アノネ、オッサン、ワシャカーナワンヨ」は戦時中の流行語となった。1947年、死去。

 

高田純次

1971年、自由劇場の舞台を見て、俳優を志して研究生として入団。研究生仲間のイッセー尾形と劇団うでくらべを結成するが、半年で解散。宝石会社勤務を経て、1977年、東京乾電池に入団。1979年、「サウロロフス騒動記」で注目を集め、テレビ出演で人気を獲得。「笑っていいとも」「元気が出るテレビ」などに出演。掴み所のないキャラで異彩を放つ。

 

高田文夫

日大芸術学部時代は落研に所属。卒業後、塚田茂に師事して放送作家に。「オールナイトニッポン」の構成などを担当、景山民夫との「放送作家のタレント宣言」で有名に。「オレたちひょうきん族」など数多くの番組を担当。ビートたけしの座付作家。1983年、立川談志に入門、1988年、真打昇進。「笑芸人」編集長。著書に「コントも書けば恥も書く」など。

 

高山トモヒロ

NSC7期生。河本栄得と「ベイブルース」を結成し、将来を嘱望されたが、1994年、河本が劇症肝炎で死去。以後、「ベイブルース高山知浩」の名でピンでリポーターなどで活動。2001年に和泉修と新コンビ「ケツカッチン」を結成し、芸名を「高山トモヒロ」に改名。

 

竹中直人

多摩美大映像演出研究会で映画製作。在学中に劇団青年座に入団。「ザ・テレビ演芸」でチャンピオンになり、注目される。以後、テレビドラマ、映画などで異彩を放つ。1990年から岩松了の新作を毎年上演。1991年、初監督映画「無能の人」でベネチア国際映画祭入賞。1996年にはNHK大河ドラマ「秀吉」で主役を務める。俳優、監督として活躍。妻は木之内みどり。

 

立原啓裕

大阪芸大卒業後、劇団四季に入団。退団後、升毅、牧野エミと「売名行為」を主宰するも仲違い。以後はタレント。役者出身にも関わらず、バラエティ番組ばかり出演している関西のタレント。病がちだったことから健康マニアになり、健康器具、医療機器などを多数所有し、「メディカルタレント」と自称。「探偵ナイトスクープ」に出演、知名度が上がった。

 

橘家円蔵(八代目)

家業の紙芝居屋を手伝っていたが、落語家に憧れ、1952年に先代円蔵に入門。1962年、桂文楽に預けられる。1965年、真打昇進、三代目月の家円鏡に。「うちのセツコが……」が大ウケ。談志、円楽、志ん朝と並び「四天王」と呼ばれた。1982年、八代目円蔵を襲名。高座は徹底的に笑わせることに力を注ぐ。

 

ダチョウ倶楽部

1985年、南部虎弾、肥後克広、寺門ジモン、上島竜兵で結成。「ひょうきん予備校」のレギュラーになるなどしたが、リーダー南部の過激な言動が原因で和が乱れ、1990年、南部が脱退、以後3人で活動。体をはり、「聞いてないよー」などのギャグで次第に知名度を上げた。「ものまね王座決定戦」でも活躍。ベタ、古いといわれながらも定着。

 

脱線トリオ

1956年、結成。ズーズー弁で「おしゃまんべ」のギャグが人気の由利徹に、名古屋弁で「ハヤシもあるでよ!」のカレーCMで有名な南利明、演劇畑の八波むと志のトリオ。舞台やテレビなどで人気を誇ったが、1964年、八波が交通事故死し、解散。

 

立川志の輔

明大落研、劇団「昴」、広告代理店を経て、1983年、立川談志に入門。その年、立川一門落語協会脱退。1990年、真打昇進。東京で毎月独演会を続け、1990年からは出身地の富山市で月1回の独演会を始める。年数度「らくごライブショー」を開く。本業のほかにタレントとしても「ためしてガッテン」「スーパー知恵MON」などに出演。著書に「笑われる理由」

 

立川志らく

1985年、立川談志に入門。寄席を経験せずに二ツ目に昇進した。1989年、立川談春と「立川ボーイズ」でデビュー。「平成名物TV ヨタロー」などでアイドル的人気を得る。1995年、真打に昇進。落語塾「らく塾」を主催。独演会「志らくのピン」も開催。映画に造詣が深く、「キネマ旬報」に連載を持つ他、1997年、映画「異常暮色」を初監督。

 

立川談志(七代目)

1952年、柳家小さんに入門。1963年、真打昇進、立川談志を襲名。「笑点」の司会で人気を得、映画や舞台でも活躍。奔放で豪快な芸風で人気を得た。1971年、参院選で当選、1977年まで務める。1983年、真打昇進基準が原因で落語協会を脱退。立川流を創設、家元に。1997年、高座で自ら食道がんであることを告白。2002年「遺言大全集」を刊行。

 

立川談春

1984年、立川談志に入門。1988年、二ツ目に昇進。1988年、立川志らくと「立川ボーイズ」でデビュー。1997年、真打を目指して落語会を企画し、毎月国立演芸場で落語会を開催し、真打に昇進。

 

立川ボーイズ

1988年、立川談志の弟子、立川志らく、立川談春が結成したコントコンビ。若い女性を中心にアイドル的人気を誇った。コンビ解散後、二人とも立川流若手のホープとして高座を中心に活躍。

 

谷幹一

東京新宿のムーランルージュに最後の研究生として入る。解散後、劇団東京喜劇での地方巡演の後、1952年、浅草フランス座へ。渥美清、関敬六とトリオ「スリーポケッツ」を組み、体を使って笑わせた。首をかしげ、ニュッと目をむくポーズで人気。テレビ「細腕繁盛記」「江戸を斬る」「大岡越前」映画「幻の湖」ミュージカル「船長」などに出演。

 

谷啓

1953年、「シャープ・アンド・フラッツ」でトロンボーン担当。1956年、クレージーキャッツに加入。「おとなの漫画」で人気者となる。「ガチョーン」「ビローン」「谷ダァー」などの流行語を生む。以後、コメディアン、俳優として活躍し、舞台「屋根の上のヴァイオリン弾き」映画「釣りバカ日誌」テレビ「時間ですよたびたび」などに出演。

 

田上よしえ

一人コント芸人。言葉選びで勝負する。自分の青春時代の懐かしいものをネタに盛り込むことが多い。高校卒業後、女優を目指すが、1997年、人力舎経営のスクールJCAに入学、お笑いの勉強を始める。1998年よりライブ活動を開始。「爆笑オンエアバトル」などに出演。

 

Wけんじ

東けんじ、宮城けんじのコンビ。「やんな!」の流行語で一世を風靡した。東は1950年に玉川良一と漫才コンビを組み、1955年には三波伸介を加えて「おとぼけトリオ」に。宮城は子役として映画に出演。ムーランルージュを経て、1952年、春日八郎ショーの司会役となって巡業。1961年に結成。1999年、東が死去。

 

Wコミック

田口れんじ、北しんじのコンビ。「1、2の3の4の2の5」で有名。「お笑いスター誕生」「花王名人劇場」「オールナイトフジ」「元気が出るテレビ」などに出演。「早口言葉」や「入門シリーズ」「職業シリーズ」「抜刀術」「サーカス」ものなどレパートリーが豊富。

 

Wヤング

 

喰始

1969年、日大芸術学部在学中、「ゲバゲバ90分」で放送作家としてデビュー。以後、萩本欽一の番組や「カリキュラマシーン」「天才たけしの元気が出るテレビ」など多くのテレビ番組の構成のほか、演劇や音楽コンサートも手掛ける。1993年、異色ゲーム「スイッチ」を構成、演出。演劇集団WAHAHA本舗。

 

玉川カルテット

4人組の混成楽器漫才カルテット。「金もいらなきゃ女もいらぬ、わたしゃも少し背が欲しい」で有名。玉川ゆたか夫婦が「玉川兄弟」を結成。その後、伊丹明加入で「玉川トリオ」、松木ぽん太加入、伊丹明退団。二葉しげる加入で「玉川カルテット」 松浦武夫加入、ゆたか夫人退団。1996年に玉川ゆたかが死去。マネージャーの玉川平助が新リーダーとして加入。

 

たむらけんじ

NSC11期生。1992年、高校の同級生と「LaLaLa」を結成、心斎橋2丁目劇場などで活躍するも、1999年に解散。以後、ピンで活動。ハイテンション芸が売りで、客を客とも思わない暴言ネタなどを得意とする。「いきなり!黄金伝説。」での夫婦出演を機に東京に進出、タレントとして活動。「せやねん」などに出演。

 

タモリ

職業を転々とした後、赤塚不二夫に見出され、芸能界に。1976年、「オールナイトニッポン」のパーソナリティーとなり、「うわさのチャンネル」で全国区に。「ハナモゲラ語」「発想模写」「イグアナ」などを創り出した奇才。1982年から「笑っていいとも」の司会でお昼の顔に。「世にも奇妙な物語」「タモリ倶楽部」「ミュージックステーション」などに出演。

 

ダンカン

1982年、談志一門に入るが、漫談に転向し、たけし軍団に入団。「風雲!たけし城」「天才・たけしの元気が出るテレビ」などに出演。北野武監督映画「3-4X10月」で俳優デビュー。その後も俳優として多数の映画に出演。構成作家としても活躍。1998年、映画「生きない」で脚本、主演を担当。スイス・ロカルノ国際映画祭で賞を受ける。熱狂的阪神ファン。

 

ダンディ坂野

1993年、26歳で上京し、人力舎のスクールJCAに入学。卒業後、ブッチャーブラザーズの付き人となる。1996年、大川興業のライブ「すっとこどっこい」でデビュー。タキシードに蝶ネクタイというスタイルでアメリカンジョーク、一発ギャグ、オーバージェスチャーを織り交ぜたネタを見せる。「ゲッツ」が持ちギャグ。はけるときのアクションは有名。

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