|
ナインティナイン
長井秀和
永井佑一郎
中川家
実の兄弟コンビ。小柄な方が兄の中川剛、大柄が弟の中川礼二。NSC11期生。1992年にコンビ結成。剛の不条理ボケに礼二のパワフルなツッコミで正統派漫才で多数の賞を受賞する実力派。M-1グランプリ2001で優勝し、1000万円を獲得。「明石家ウケんねん物語」「感じるジャッカル」などに出演。大阪のおばちゃんのやりとりのまねなどマニアックな芸も人気。
中田カウス・ボタン
中田ダイマル・ラケット
1941年結成の実の兄弟コンビ。戦後の上方漫才界で第一人者として活躍。「言うてみてみ、聞いてみてみ」「知らんかっとってん」「青火がポー、ボヤがパー」などのギャグで漫才だけでなく、テレビ、ラジオでも活躍。人気番組「スチャラカ社員」が終了後は一線から引き、寄席と後進の指導に当たった。ダイマルは1982年に、ラケットは1997年に死去。
中田はじめ
中田ボタンの弟子。1986年に「中田はじめ・圭祐」でデビュー。解散し、相方を変えて「ラッキースター」を組むが、解散。1995年に吉本新喜劇に入団。顔がアンパンマンに似てるところや首がないところをいじられ。笑いを取っている。
中西喜美恵
吉本新喜劇の女優。マドンナ。吉本新喜劇やめよッカナ?キャンペーン中に吉本新喜劇に入団。10年ほどほぼ一人でマドンナ役を担当。その後はマドンナ役のほか、やや老け役もやるようになる。
長原成樹
NSC2期生。同期生と「ヤンキース」というコンビを組むが、解散。島田紳助に拾われ、紳助の映画「風よ鈴鹿へ」の主役に抜擢された。以後、紳助絡みで「クイズ仕事人」のリポーター、「クイズ!紳助くん」のなにわ突撃隊隊長を経て、「探偵ナイトスクープ」の探偵に採用された。
中村有志
1975年、テアトル・エコーに入団。1977年、パントマイマーのロルフ・シャレとの出会いにより、パントマイム芸人に。深夜番組「グッドモーニング」で得意のパントマイムを中心としたギャグで注目され、「パオパオチャンネル」「いただきます」「所さんのもしも突撃隊」「TVチャンピオン」「愛の貧乏脱出作戦」などにレギュラー出演。舞台活動にも積極的。
なかやまきんに君
「健康のためなら死んでもいい」をモットーに筋肉を売り物にする芸人。2000年、デビュー。吉本新喜劇所属だが、そのキャラクターを生かし、「パワー」「さぁー、来い」「本当に〜しちゃうのかい」などのギャグと筋肉ポーズで人気に。「めちゃイケ」などに出演。アドリブがきかない。
中山功太
中山美保
吉本新喜劇の女優。元祖ミポリン。マドンナ役だったが、山田スミ子と同時期だったため比較的地味なマドンナだった。尻を触られると「くぉりゃぁ〜!!! どこさわっとんねん〜」とキレるというギャグで活躍。3枚目に転進し、しわを指摘されて「これは飾りよ」と強がるギャグや「ミポリンでーす」などでコミカルな役を好演している。
なすび
1998年、「電波少年」で企画「電波少年的懸賞生活」に挑戦し、人気を得る。その生活を綴った「懸賞日記」 も発売。企画成功後、韓国でも同様の企画に挑戦、成功。帰国後はタレント活動、話題性を買われて多数の番組に出演。1999年、ドラマ「OUT」で俳優デビュー。「マジカル頭脳パワー」「ウチくる!?」などに出演。
なべおさみ
明大入学後、三木鶏郎主宰の「冗談工房」でコントを書く。水原弘、 勝新太郎、ハナ肇の付き人を経て、1964年「シャボン玉ホリデー」でデビュ ー。助監督役の安田伸を「安田!」と怒る監督役で人気を得る。映画「吹けば飛ぶよな男だが」などに出演。1978年から1991年まで「ルックルックこんにちわ」で「女ののど自慢」の司会を務めた。
なべやかん
父はなべおさみ。明大替玉受験が発覚し、話題になった。その後、たけし軍団に入団。「スーパージョッキー」「北野ファンクラブ」「北野富士」などのほか、Vシネマ「銀玉マサやん2」にも出演。1995年からパワーリフティングを始め、各種大会に出場。1999年、全日本パワーリフティング選手権52キロ以下級でベンチプレス145キロの日本記録をマーク。
ナポレオンズ
専修大学マジック同好会の同級生、ボナ植木とパルト小石のコンビ。1977年、デビュー。日本各地で公演をした後、「地球が僕らのステージだ!」をキャッチフレーズに海外に進出、アメリカ、ドイツ、オランダなど世界各国で公演。軽快なトークとマジックの世界大会でも優秀な成績を残すテクニックとで他の追随を許さないオリジナリティ溢れるステージを展開。
生瀬勝久
同志社大学在学中は喜劇研究会に所属していて、槍魔栗三助の名で活動。初期の「探偵ナイトスクープ」に探偵として出演、上岡龍太郎と喧嘩して降板。劇団「そとばこまち」の座長。俳優として「アーバンポリス24」に出演。NHK連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」への出演後、全国区のドラマに出始める。
なるみ
NSC7期生。1989年にしずかとコンビ「トゥナイト」を結成。女流漫才師、タレントとして将来を嘱望されていたが、1998年、しずかが海外留学を決意し、解散。しずかは後にアメリカ人と結婚。以後、なるみはピンで活動。月亭八方との「ナイトinナイト」で地歩を固め、ベテランをも転がす能力を生かして、関西を中心にテレビ、ラジオで活躍中。
南海キャンディーズ
南州太郎
海上自衛隊呉音楽隊入隊、3年後満期除隊。その後、キャバレーのバンドを経て、1961年、コメディアンとして浅草松竹演芸場に立つ。「おじゃまします」「がんばらなくっちゃ」の流行語を生んだ。テレビ、CMで活躍。
ナンセンス
1964年、結成。メンバーは江口明、岸野猛、前田隣。「♪親亀の背中に小亀を乗せて……」で一躍売れっ子となる。1971年に岸野猛が脱退、元トリオスカイラインの原田健二とナンセンスを結成。1976年に前田隣も脱退。以後、地方のキャバレー回り、コント隣組での活動を経て、「前田隣の会・公演寄席」を主宰。
南原清隆
|