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マイケル

 

前田健

1992年、20歳の時に単身アメリカ、ニューヨークへ渡る。ダンスやパントマイム、歌のレッスンなど約4年の修行を経て、帰国。お笑い芸人に。独自の人間観察力を生かした一人芝居のネタやスタンダップ・コメディー、ものまねなどを確立。ライブなどで活躍。「爆笑オンエアバトル」「ものまね王座決定戦」などに出演。 松浦あやのものまねで有名。

 

前田武彦

1953年、NHK開局と同時に放送作家に。「宇宙船シリカ」「はてな劇場」「魅惑の宵」「シャボン玉ホリデー」などの台本を書く一方、「お昼のゴールデンショー」「夜のヒットスタジオ」「ゲバゲバ90分」などにタレントとして出演。その後、第一線から退いたが、1984年「朝のホットライン」に「お天気おじさん」として一時的にカムバック。

 

マギー司郎

新橋の「マジックスクール」に通う。レオナルド熊、城後光義などと「田端グループ」で地方回りの営業で活動。長い下積み生活を経て、「お笑いスター誕生」に出場。茨城訛りのしゃべりでマジックをする独特の芸風で人気に。ハンカチの縦縞が横縞になるなどのコミックマジックから本格的なマジックまでこなし、「笑いが一番」「笑点」などに出演。

 

マギー審司

子供の頃からマジックに興味を持ち、高校卒業後アメリカに渡ってプロのマジシャンの下で1年間本格的に修行。帰国後、プロを目指してマギー司郎に弟子入り。1994年、デビュー。独特の間のとぼけたトークと師匠譲りのコミカルなマジックで人気。「爆笑オンエアバトル」などにも出演している。

 

牧伸二

ラジオの「素人寄席」で9回連続名人となり、1957年、牧野周一に入門。1958年、自己流のウクレレ漫談でデビュー、1960年には「やんなっちゃった節」で一躍大人気に。1963年から15年間「大正テレビ寄席」の司会を務めた。映画「カポネ大いに泣く」「はだしのゲン」などにも出演。泉ピン子の師匠としても有名。1999年、東京演芸協会会長に就任。

 

ますだおかだ

岡田圭右と増田英彦の関西外語短大の同級生コンビ。1993年、結成。二人ともサラリーマン経験あり。松竹芸能が誇る若手実力派。増田のものまねをいかした漫才などレパートリーは多い。増田のボケに岡田がさむいボケツッコミを入れ、増田が「いらんことをいうな」とツッコむという形を持つ。「爆笑オンエアバトル」「ファイトマネー」などに出演。M-1グランプリ2002チャンピオン。

 

益田喜頓

1929年、ヴォードビリアンに。1937年、バスター・キートンをもじった益田キートンの芸名で、川田義雄、坊屋三郎らとコミック音楽グループ「あきれたぼういず」を結成、一世を風靡。その後、益田喜頓一座を結成。戦後「あきれたぼういず」を再編成し、浅草で活躍。グループ解散後は映画や舞台、テレビと活躍。1993年、死去。

 

松尾貴史

1984年、ニッポン放送に送ったテープがきっかけでものまねタレント「キッチュ」としてデビュー。「由貴とキッチュの夜にもふかしぎ」が大評判。以来、大阪を中心に活動。東京に進出、松尾貴史と改名。「朝まで生テレビ」のパロディ「朝までナメてれば」が大評判。「笑っていいとも」など多数に出演。怪奇現象や超能力の否定者として有名。スプーン曲げが得意。

 

松尾伴内

1982年、ビートたけしに直訴して弟子入り。無表情、ノーリアクションの不器用な芸風で「オレたちひょうきん族」でたけし軍団一の売れっ子に。「スーパーJOCKEY」「新諸国漫遊記」「開運!なんでも鑑定団」舞台「小堺クンのおすましでSHOW」などで活躍。2001年、女優、栗林知美と結婚。

 

松村邦洋

学生時代からものまねで素人番組に参加。テレビ局のアルバイト時代に片岡鶴太郎にビートたけしのものまねを認められ、上京。高田純次、古舘伊知郎、掛布雅之、川藤幸三などの多数のレパートリーを持つ。高田文夫のものまね「バウバウ」が自身の人気ギャグに。「電波少年」のリポーターで人気者に。その後、バラエティ、ドラマ、映画で活躍。

 

松本人志

 

松本竜助

なんば花月の進行係を経て、明石家さんまの紹介で島田紳助と「紳助・竜介」でデビュー。漫才ブームではビートきよし、島田洋八と「うなづきトリオ」を組む。1985年、コンビを解消、竜助に改名。居酒屋、広告代理店、喫茶店、イベント会社、居酒屋、AV制作などで失敗。1998年、自己破産。芸能活動を再開。「借王」「攻略王3」「借金地獄」などに出演。卓球好き。

 

円広志

1978年、「夢想花」で第16回ポピュラーソングコンテストグランプリ、世界歌謡祭グランプリ受賞。大ヒットするが、後が続かず、一発屋と呼ばれる。以後、歌手活動のほか作曲もし、森昌子の「越冬つばめ」を作曲。音楽活動のほか、関西を中心にバラエティ番組に出演。「クイズ!紳助くん」「ほんわかTV」「週刊えみぃSHOW」などに出演。

 

まるむし商店

磯部公彦と東村雅夫の桃山学院大落研出身コンビ。どちらもサラリーマンになるが、退職し、コンビ再結成。1983年、コンビ結成。吉本興業のオーディションに合格。メンツ不足だった2丁目劇場に入る。「4時ですよ〜だ」に出演。ダウンタウンに従って東京進出するも実力不足で関西に戻る。以後、漫才で活躍。磯部はリポーターとして活躍。東村はドケチで個性を発揮。

 

漫画トリオ

横山ノック、横山フック、横山パンチのトリオ。1959年、結成。横山ノックのピンカールヘアでのタコ踊りとボケを売り物に、「パンパカパーン、今週のハイライト!」の掛け声で政治風刺など社会派の時事コントを展開、一世を風靡した。1968年のノックの参院選出馬により活動停止、解散。フックは青芝フックとして、パンチは上岡龍太郎として個々に活動。

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