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いかりや長介
池乃めだか
1968年、音楽ショー「ピスボーイ」でデビュー。「海原かける・めぐる」を結成。1977年に解散。1977年6月に吉本に移籍し、吉本新喜劇に入団。体の小ささから「池乃めだか」に改名。猫の手招きやカニばさみなどの形態模写ギャグ、子供と間違われてののりツッコミ、子供のケンカ、ネクタイが身長より長いなどのギャグで新喜劇の看板タレントとなる。2002年、島木譲二と「くまさんねこさん」を結成、「M-1グランプリ2002」で三回戦進出。2003年5月、再度、本格始動。
いっこく堂
石井均
1959年、戸塚睦夫、伊東四朗、財津一郎らと石井均一座「笑う仲間」を結成、全国を周るが、「本当の芝居がしたい」と一座を解散。松竹家庭劇の曽我廻家十吾に弟子入りする。このころ、西川きよしが弟子になる。昭和40年代には大村崑、谷幹一とキンコンカントリオでテレビや舞台で笑いを振りまいた。その後も舞台を中心に活動。1997年、死去。
石井光三
6歳から舞台を踏み、1946年、東映京都撮影所の第1期ニューフェイスになる。「てなもんや三度笠」などに出演。1963年、松竹芸能に入社し、マネージャーに。1983年、「石井光三オフィス」を設立。レオナルド熊、コント赤信号、ピンクの電話などをマネージメントする。ラサール石井のものまねがウケ、表舞台に引っぱり出される。劇団「七曜日」を主宰。
石田靖
1986年、吉本興業に入り、「オ組」に所属していた。「4時ですよ〜だ」などに出演。1989年、吉本新喜劇に入団。島田珠代を壁にたたきつけたり、山田花子にプロレス技をかけるなど暴力的な芸風で人気を集める。ハイヒールリンゴの腕の骨を折ったことがある。1996年から吉本新喜劇のニューリ−ダー。1999年より座長を務める。
石橋貴明
「とんねるず」として活躍。「タカさーん、チェック!」「もうタカさんたらー」などが有名フレーズ。1996年から「うたばん」の司会を担当。映画「メジャーリーグ2」「メジャーリーグ3」ドラマ「今夜、宇宙の片隅で」「レッツ・ゴー!永田町」に出演。工藤静香との「Little Kiss」で「A.S.A.P」がヒット。長者番付5年連続1位。1999年、女優鈴木保奈美と再婚。
DVD
伊集院光
和泉修
浪速高、同志社大とボクシングの選手。高校総体フェザー級チャンピオン。1984年、「圭・修」でデビューし、活躍。吉本興業所属。圭は東京進出するが、大阪に残る。「なにわともあれ赤井英和」「2時ドキッ!」などに出演。1990年、プロボクサーとなり、2戦2勝。2000年には同志社大学院に入学。2001年、正式に「圭・修」解散。高山トモヒロと「ケツカッチン」を結成。
泉ピン子
1966年、牧伸二に弟子入り。18歳でギター歌謡漫談でデビュー、演芸番組に出演。1975年、情報番組「ウイークエンダー」のリポーターとして一躍メジャーに。その後テレビドラマ出演が増え、女優に転向。「おんな太閤記」「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」など橋田ドラマになくてはならぬ存在となる。
イッセー尾形
磯野貴理子
高校卒業後、3年間の銀行勤務を経て、劇団7曜日に所属。アイドルグループ「チャイルズ」を結成。1987年「笑っていいとも!」にレギュラー出演。解散後はソロとして活動し、明るいキャラクターで人気を博す。「スタードッキリマル秘報告」「レシピの玉手箱」「おそく起きた朝は…」「週刊おかずのクッキング」などに出演。ドラマ、舞台でも活躍。
いつもここから
井手らっきょ
素人ものまね番組からデビュー。オフィス北野所属。「笑っていいとも」にレギュラー出演。宮尾すすむ、水谷豊、アントニオ猪木のものまねを得意とする。1984年、たけし軍団入り。円形脱毛症になったのを機にスキンヘッドにしてしまう。学生時代100メートルを10秒89で走るなどの抜群の運動神経で野球が得意。日本ハムのテストに合格したこともある。
伊藤一葉
奇術師。軽妙な話術にのせた巧みな手品を得意とし、寄席やテレビで活躍。手品を見せた後にいう「この件について何かご質問はございませんか」というセリフは流行語にもなった。1979年から入退院を繰り返し、死去。
伊東四朗
いとうせいこう
稲川淳二
工業デザイナーとなるが、持ち前のサービス精神のよさから商業演劇の舞台に立つ。「マンガジョッキー」以来、「ひょうきん族」「スーパージョッキー」など数々の番組に出演する。体にペンキを塗りたくって、紙にクレーンで叩きつける人拓などで人気を得た。霊感タレントとして有名で、怪談話のCD、本、ビデオなどを多数発表している。デザイナーとしても活動中。
DVD CD 書籍
犬塚弘
ハワイアン・バンドを経て、1955年、ハナ肇らと「キューバン・キャッツ」を結成。その後「クレージーキャッツ」のメンバーとして舞台、映画、テレビと大活躍。長身でスマートな風貌ととぼけたキャラクターで、よき番頭役を務め、「ワンちゃん」の愛称で親しまれる。現在は俳優に転身し、映画、テレビで活躍している。
井上竜夫
17歳で曽我廼家五郎八に弟子入り。新春座を経て吉本新喜劇に入団。谷しげると1971年に「ざ・どっきんぐ」を結成したが、病気によりコンビを解消し、新喜劇に戻る。師匠の芸風を継ぎ、若い頃から老け役を演じる。「おじゃましまん〜にゃわ」のギャグで人気を博す。
井上ひさし
上智大在学中から浅草フランス座で文芸部員。1958年、放送作家に。「ひょっこりひょうたん島」戯曲「日本人のへそ」で注目される。「モッキンポット師の後始末」で文壇デビュー。「手鎖心中」で直木賞受賞。「道元の冒険」などで「笑いの魔術師」と呼ばれる。以後、戯曲、小説、エッセイに数多くの話題作を生み、多才ぶりを見せている。遅筆で有名。
書籍
今いくよ・くるよ
今喜多代の弟子。吉本興業所属。派手な衣装と太ったくるよと、ハスキーな声ですらりとしたワンレングスのいくよの高校の同級生コンビ。くるよが自分の腹をパンパンたたくギャグがウケ、テレビのレギュラーを数本持つようになったが、漫才に専念するためにすべて降板し、現在は漫才一本で勝負している女流漫才の第一人者。
今田耕司
NSC4期生。吉本興業所属。「4時ですよ〜だ」から「ダウンタウンのごっつえぇ感じ」までダウンタウンの弟分として行動をともにする。1995年にはドラマデビュー。CDも発表。クイズ番組のパネラー、期首特番の司会、レギュラー番組の司会と着実に地位を上げていく。「アムロ今田きっとNo.1」「あいのり」「明石家マンション物語」「FUN」などに出演。
DVD CD 書籍
岩本恭生
札幌、ススキノのショーパブでショータイムにものまねをやっていた。素人ものまね番組出演後、1989年「ものまね王座決定戦」に初登場で優勝しメジャーデビュー。得意ネタは沢田研二、布施明、和田アキ子など。また、深夜お色気番組「ギルガメッシュないと」の初代司会者としても有名。その後はバラエティ番組のほか、ドラマにも出演。
インスタントジョンソン
渡辺隆浩、杉山貢一、佐藤祐造のトリオ。太田プロダクション所属。1997年結成。太田プロセミナーで知り合い、佐藤と杉山が「インスタント」、渡辺と杉山が「ジョンソン」というコンビを組んでいたことから、3人で組む際、二つのコンビ名を足したのが由来。コント専門で佐藤の濃いキャラクターと「よろしくちゃ〜ん」「お疲れちゃ〜ん」のギャグで人気。
インパルス
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